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特集(2ページ目)

観戦記がその日の話なら、特集は「いつ読んでもいい話」です。ひとりの選手の走り方、ロードレースの不思議な文化——一度きりの結果に紐づかないものを、じっくり書いていきます。

マルコ・パンターニの写真

2026-10-13 公開

マルコ・パンターニ——坂で何度も加速して、ひとりになりたかったクライマー

山岳ステージには、上り坂でいきなり加速して、ライバルを置き去りにする選手がいます。1990年代のイタリアのマルコ・パンターニは、その走りがいまも語り継がれているクライマーです。どの坂で、どう加速したのか。4つの山の場面から見ていきます。

ベルナール・イノーの写真

2026-10-12 公開

ベルナール・イノー——「アナグマ」はシャンゼリゼでも勝ちを譲らなかった

ツール・ド・フランスを5回勝ったフランスの選手、ベルナール・イノーは「アナグマ」と呼ばれました。うるさくされたら穴に戻り、出てきたら噛みつく——あだ名について、本人はそう話しています。勝てる勝負は最後まで譲らず、「32歳でやめる」と言っていたとおり、32歳になる直前に現役を退いた人の話です。

エディ・メルクスの写真

2026-10-10 公開

エディ・メルクス——1964年東京五輪の12位から、ツール・ド・フランス5勝へ

ツール・ド・フランスとジロ・デ・イタリアを5回ずつ勝ち、「人食い」と呼ばれたベルギーの選手がいます。エディ・メルクスは1964年、19歳のときに東京五輪のロードレースを走っていました。大けがの痛みを抱えたまま、出たレースを全部勝ちにいった人の話を、日本との縁から始めます。

ティボー・ピノの写真

2026-10-09 公開

ティボー・ピノ——最後のツールで、練習で通い慣れた峠を先頭で越えた

フランス東部の村で育ち、14年間ひとつのチームで走ったクライマーがいます。ツールでステージを3つ勝ち、イル・ロンバルディアも制しながら、上位が見えたグランツールを2度、最後の数日で手放しました。苦しいときは家の動物たちのもとへ帰り、最後のツールでは地元の峠を先頭で越えました。2023年に引退したティボー・ピノの話です。

ナイロ・キンタナの写真

2026-10-07 公開

ナイロ・キンタナ——通学路で始まり、通学路を描いたバイクで終わった

コロンビアの山あいの村で育ち、毎日16kmの坂を自転車で下って学校へ通い、同じ坂を上って帰った少年が、ジロ・デ・イタリアとブエルタ・ア・エスパーニャを勝ちました。2026年10月、最後のレースで乗ったバイクには、その通学路を表す青い線が引かれていました。ナイロ・キンタナの話です。

アルベルト・コンタドールの写真

2026-10-06 公開

アルベルト・コンタドール——脳の手術から始まり、アングリルで終わった

プロ2年目のレース中に倒れて脳の手術を受けた若者が、8ヶ月後の復帰初戦で勝ち、やがてツール、ジロ、ブエルタの3つのグランツールをすべて勝ちます。最後のレースに選んだ母国のブエルタでは、初めてブエルタのステージを勝った山、アングリルの山頂ゴールに、もう一度ひとりで着きました。アルベルト・コンタドールの話です。

ファビアン・カンチェラーラの写真

2026-10-05 公開

ファビアン・カンチェラーラ——タイムトライアルの王者は、チームのオーナーになった

ひとりずつ走ってタイムを競う個人タイムトライアルで世界王者に4度なり、パリ〜ルーベもロンド・ファン・フラーンデレンも、ひとりで抜け出して勝ったスイス人がいます。ファビアン・カンチェラーラは、宇都宮での最後のレースで仲間のために集団を引き、引退後は自分のチームのオーナーになりました。

クリス・フルームの写真

2026-10-04 公開

クリス・フルーム——ケニアの丘で自転車を覚え、ツールを4度制した

ナイロビに生まれ、ケニアの丘で年上の選手たちに背中を押してもらいながら自転車を覚えた少年は、連盟の会長になりすまして自分を世界選手権に登録し、やがてツール・ド・フランスを4度制します。2026年に引退を認めたクリス・フルームの、ケニアから始まった道のりの話です。

マーク・カヴェンディッシュの写真

2026-10-02 公開

マーク・カヴェンディッシュ——引退を1年延ばし、35勝目をつかんで現役を終えた

勝てない日が続き、「たぶん、これがキャリア最後のレースだ」と涙ぐんだスプリンターが、ツール・ド・フランスのステージ勝利数でエディ・メルクスの最多記録に並び、引退を表明した年に記録を逃し、1年延ばして35勝目をつかみます。マーク・カヴェンディッシュの、終わりかけてから始まった5年の話です。

ペーター・サガンの写真

2026-10-01 公開

ペーター・サガン——ロードを引退し、マウンテンバイクで選手生活を終えた

マウンテンバイクのジュニア世界王者になった18歳は、ロードを選び、世界選手権を3年続けて勝ちました。そしてキャリアの終わりに、マウンテンバイクへ戻ろうとします。ペーター・サガンの、出発点と終着点の話です。